ぶなの森

ぶなの森




ぶなの森
 
4月になるとぶなの森に春が訪れます。

デンマークの国樹は、ぶな。国歌『麗しき国』にも、バルト海の岸辺を彩るぶなの木が、海や丘陵とともにデンマークの美しい風景として優雅に織り込まれています。

ぶなに若葉が芽吹くのは4月下旬以降。日に日に明るさが増し、新芽がぐんぐん育つと、太陽の光が木の根元まで届きにくくなります。ぶなの根元に一面に群生する可憐なイチリンソウは、ぶなの若葉が育つ前に愛でることができる儚くも美しい早春の光景です。

この時期には、週末ごとにぶなの森を訪ねるのが楽しみ、という声をよく聞きます。イチリンソウの可憐な花は、つぼみの頃から満開まで2週間くらい楽しめますが、追いかけるようにぶなの若葉も少しずつ芽吹き、森は淡く透き通ったレースのような萌葱色の若葉に彩られます。萌葱色も、また2週間くらいで力強い緑に変わっていきます。次々と表情を変える森の様子を楽しめるのが4月の醍醐味です。

実際は三寒四温で、春の装いには遠いのですが、それでも春を愛でたくて、サンドイッチや焼き菓子、お茶やコーヒー、そして、少し春めいた冷たい飲みものなども揃え、森での散策やピクニックに出かける習慣があります。

イチリンソウの花が咲く頃、古来、抗酸化作用や炎症を抑えるとされ、薬草として大切に扱われてきたイラクサも新芽を覗かせます。イチリンソウの花の近くに咲いているものもあれば、畔で咲いているものもあります。イラクサは「刺草」「イタイタグサ」の別名を持ち、デンマークでは「やけど草」と呼ばれています。茎や葉の表面には、うぶ毛のような細いとげがあり、触ると鋭い痛みを感じる草です。新芽を摘む時も、手袋をすると安心です。

イラクサの葉を使ったハーブティーは、デトックス効果や鉄分補給に優れた健康茶「ネトルティー」として知られています。乾燥茶もありますが、摘んできた葉に熱いお湯を注ぐと、緑色の甘くておいしいお茶になります。

イラクサの濃い緑には、冬の間に欠乏しがちだったビタミンやミネラルが豊富に含まれ、健康を培う食材としても重宝されてきました。やわらかい芽をさっと茹でてスープに使うのも春ならでは。ポタージュには、デンマークのライ麦パン「ロブロ」(アンデルセンでは「ラグブロート」)で作ったクルトンを添えると、味わいや食感に変化が出ます。ほんのり甘いイラクサのやさしい味をロブロの複雑な味が後押しし、シルキーな食感のポタージュと軽くローストしたロブロのざくざくした食感が組み合わせも楽しい、春の一品です。

ぶなの根元に群生するイチリンソウ(1枚目)イチリンソウの絨毯の中で(2枚目)
細いとげがあるイラクサ(1枚目)イラクサのハーブティー(器: Gurli Elbaekgaard keramik)(2枚目)
イラクサのポタージュ、ロブロのクルトンを添えて
Photo: © Jan Oster


くらもとさちこ
コペンハーゲン在住。広島県出身。30年以上になるデンマークでの暮らしで築いた知識と経験による独自の視点で、デンマークの豊かな文化を紹介する企画や執筆を中心に活動。2020年発刊の『北欧料理大全』(誠文堂新光社刊)では、翻訳、編集、序章の執筆を担当。2024年5月『北欧デンマークのライ麦パン ロブロの教科書』(誠文堂新光社刊)を発刊。2024年9月と10月に発刊された『パニラ・フィスカーのアイロンビーズ・マジック』と『デンマーク発 ヘレナ&パニラのしましま編みニット』(ともに誠文堂新光社刊)でも翻訳と編集を担当している。
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